このレコードの選曲・構成について 菅野沖彦
このCDは、ステレオサウンド誌のリファレンス・レコードとして私がフィリップス録音の中から選んだものだ。音楽やサウンドというものは普遍性と主観の絶妙なバランスを価値基準とするものだが、合議制ではそのバランスがとれるようでいてとれないものである。したがって、一人で選曲構成するということで、このvol.1を制作することになった。
フィリップス・クラシックス制作の中で、私が優れた録音だというものは数え切れないほどあるが、これは'82~'90年に制作されたものの一部だ。1枚目ということなので、ここでは比較的録音年月日の古いものにも選択の範囲を拡げたのだが、それらは最新のものと比較して全く遜色のないものだと思う。また、過去にステレオサウンド誌上でのオーディオ機器の試聴テスト用として登場したものはできるだけ収録すべきであるとも考えたし、新しいものについては今後機会あるごとにシリーズ化していけばよいと考えたのである。
こういうリファレンスCDが出来ると、我々と読者諸兄との間に共通言語をつくることの一助となるわけで、テストリポートを読んでいただくときにイメージがより明確になると思われる。しかし、そうした目的に限らず、オーディオを楽しむ音楽プログラムソースとしての楽しいCDとして愛聴していただきたいというのが本当のところである。
オーディオファンは音楽ファンだが、サウンドに敏感で、音の良さやリアリティ、つまり美しさと同時に真実味を楽しむことにも大きなウエイトがあるはずだ。ここに選んだものは音楽の質的な高さ、芸術性を最も大切に考えたことはもちろんだが、同時にその音楽的価値を最高度に高める録音のクォリティに重点をおいて選んだつもりである。
また、オムニバス形式とはいえ、連続して聴かれる場合に何らかの流れと鑑賞的な興味の一貫性をも加味して構成したつもりだが、あまりにヴァライエティに富んでいるため音楽的には散漫な形になったことも認めざるを得ない。1枚のCDの中に音楽的特質と音響的特質の双方からできるだけ多くを網羅しようとした欲張りな企画なので、これもまた致し方ないことだと思っている。
オーケストラ曲3曲、歌曲4曲、ピアノ曲2曲、器楽曲2曲、協奏曲1曲という内容であるが、全体を概括すると次のようになる。
オーケストラの3曲は音楽的に特徴を持ったものでオペラ前奏曲、組曲、交響曲というカテゴリーとヴェルディ、ムソルグスキー、マーラーといった作風のコントラストを考えた。また、マーラーはあえてボストン・シンフォニー・ホールでのライヴを選んで録音方式のサンプル性も加味している。
歌曲はオペラ・アリア、リート、男声、女声などレンジや発生の違いを考えて選んだ4曲であり、隣同士に何らかの関連性を与えたつもりである。オペラのプレリュードにアリアが続き、アリアのバスがリートのバリトンにつながり、次の女声はリート同士でつながり、さらにソプラノとは異質の声質をもった女声としてメッゾ・ソプラノが続く。そこで伴奏がギターになり、作品もラテン系になったので、次はイタリアのカルッリのギター協奏曲・・・といった具合である。ピアノ・トリオ“ドゥムキー”を介して、ピアノ・ソロではベートーヴェンの古典的な趣をもった変奏曲とプロコフィエフの現代性を対比させ、楽曲、楽器、録音の違いへの興味を考えた。プロコフィエフの次にはラフマニノフ、そしてムソルグスキーとロシアの作曲家を並べた。
最後はオーケストラの対比で「展覧会の絵」に続いてマーラーの交響曲第5番の第1楽章のライヴ録音がくる。フィラデルフィアとボストンという同じアメリカのメイジャー・オーケストラだが、曲、録音の違いとともに全く異なるオーケストラの世界が対比される。
以上はオペラ3枚組を含めて全14枚のCDからの選曲構成で、自信をもっておすすめできるフィリップス・サウンドの饗宴である。
(ブックレットより)